阿賀野川ライン舟下り――。
悠々と流れる阿賀野川を、四季折々の表情を映す渓谷美を眺めながら旅をする。
その案内役は、阿賀野川を愛する個性豊かな船頭たちだ。
“阿賀野川は知ろうとすればする程奥が深い”と語る彼女の愛読書は「阿賀町ものしりガイドブック」だ。
自分の中で嬉しいことがあったり悲しいことがあったりすると、それは阿賀野川も一緒かなって思います。
――船頭になったきっかけを教えてください。
はい。
今から3年ぐらい前になるんだけど…。
当時ガイド・船長をされてた方に誘われたのがきっかけです。
“私でも務まるようなら…”と引き受けました。
それまで、私はラーメン屋で働いてまして、船になんて乗ったことも全然なかったんです。
接客業をやってたのでお客さまと話すのは好きでしたけど、川や町の案内なんて当然初めてのことでした。
――実際ガイドのお仕事で大変だったことはありますか?
最初、“ガイドっていうのは、しゃべってればいいんだよ”って言われてたから…。
正直、楽な考えでいましたけど、思った以上に苦労はしました。
いざお客さまを目の前にすると、やっぱりしゃべれない。
緊張もあって、歌もうたえないし。
本当にもう涙、涙で…。
お客さまからクレームなんかもいただいたりね。
でもそんな時に、上司から“クレーム言ってくれるお客さまは、また来てくれるお客さまなんだよ”と教えてもらいました。
“あんなガイドさんみたいになりたい”とか、“あの人のいいところを盗もう”みたいな気持ちになって仕事と向き合わないとダメだと思いましたね。
それからは、とにかく他のガイドさんの船に乗せてもらって、何でもいいところは盗んで勉強させてもらいました(笑)。
それでようやく私にも、お客様から“あなたの船に乗って良かった、楽しかったよ”という手紙が届くようになりました。
努力した甲斐があったかな、って思いますね。
――そういったお手紙も届くんですね~。やっぱり嬉しいですよね!
はい!
写真同封で送られてきたりもしますしね。
指名もあるんですよ(笑)。
「石井さんの船がいい」って言ってね~。
以前乗船したお客さまが、口コミで宣伝してくれたりね。
逆に、指名もしてないのに“4回来て、4回ともアンタの船だよー”っていうご縁もあったり。
だからいろんな人との出会いもあるから、楽しいですね。
――印象に残ってるお客さんはいましたか?
錦野旦さん!
旅番組の取材で来られてたんです。
スターでしたね~(笑)いやほんっとに。
パフォーマンスというかサービス精神というかね。
ものすごかった!!(笑)
生オケで「空に太陽がある限り」を歌ってくれました。
他にも思い出に残ってるのは黒田アーサーさん、エンカ尺八の横山横山(よこやまおうざん)さん、元アルビレックス新潟の西大伍さん、など。
――石井さんは五泉市のご出身ということですが、阿賀町についてはいかがですか?
本音を言うと、最初は“こんな田舎~”と思いました。
でも、この船頭の仕事をするようになってなお思ったことが、魅力がたくさんあるということ。
まだまだ知られていないところもいっぱいあるけど、本当に自然は豊かですし、歴史深い町かなって思います。
阿賀町だけで縄文清水や琴平清水など、清水が湧き出ているところが数ヶ所あって、それも魅力のひとつ。
道の駅「阿賀の里」でも山から「桂清水」を引っ張ってきてあって、自由に飲むこともできますよ。
毎日ポリタンクを持った人が水汲みに訪れてますね~。
――合唱×ROCK「阿賀野川」プロジェクトについていかがですか?
本当にいいことだと思います。
阿賀町(旧三川村)の歴史や、阿賀野川のことを伝えられて、素晴らしい企画だと思います。
組曲の中には、「阿賀の里」という曲もあるんですね。
道の駅「阿賀の里」のPRにもなります(笑)。
阿賀町だけじゃなくて、阿賀野川が流れてる近隣の町の人にも聴いてもらいたいですね。
例えば阿賀野市だったり、新潟市に入っても松浜あたりまで、みんな阿賀野川で繋がっていますので。
――石井さんにとって、阿賀野川とは何でしょうか?
「私のこころ」です。
自分の中で嬉しいことがあったり悲しいことがあったりすると、それは阿賀野川も一緒かなって思います。
やっぱりね、阿賀野川の流れを見ていれば心も落ち着くし…。
辛いことがあっても川見ていれば忘れられるかなー、とか。
私が悲しいと川も悲しいかな、みたいな。
イライラしていれば川の流れも荒々しいかな、みたいな。
自分の気持ちの様な、こころのような川です。
――最後に読者へ向けてメッセージをどうぞ。
私、船頭になってから知ったことがあるんです。
「梅干しの種は絶対に川へ捨ててはならない」んですよ。
それはね、船神様というのは女の神様と言われていまして。
梅干しの酸っぱいのが、大っきらいなんだそうです。
だから私はもちろんベテランの船頭であっても、弁当やおにぎりに入ってる梅干しの種は持って帰ります。
船頭たる人間、してはいけないことなんですよ。
だから、一般の方にもこのことは是非知っていただきたいですね。
船頭たちそれぞれ個性的なガイドをするので、全員の船に乗ってみなければ本当の阿賀野川はわからないと思います(笑)。
なのでまだライン下りに来たことがないという方も、一度でいいから乗船し、ガイドの話を聞いていただきたいです。
私たちもしゃべる事が仕事なので、お客さまに来ていただかないと、仕事が…ない…(切実)。
昔のように賑やかなライン下りに戻って欲しいな、というのが本音ですかね。
でも船頭という仕事は、この世だけじゃなくって、あの世へ行っても「舟渡し」という職がありますから(笑)。
仕事が切れることがないんです。
噂では、あの世の船も船外機(※1)になったそうです(笑)。
石井 智子
1980年生まれ
新潟県五泉市出身
阿賀町(旧三川村)に嫁いで8年目
2009年7月に5人目の女性船頭としてデビュー
(※1)船外機
一般的に上部のエンジンとその補機、ギア、クラッチ、伝動シャフトなどの動力伝達系、スクリュー等が一体となった船舶の推進ユニット。
アウトボードドライブとも呼ばれる。